選ばれる理由

自分の可能性へ。どこまでいけるか。

医師(産業医): 清本 芳史さん(フルマラソンのベストタイム:2時間24分)

現役医師最速のランナーと称される清本さんは、なぜRUCOE RUNを選んだのか。その理由を伺いました。

自分を超えていくために。
RUCOE RUNに期待していること。

セルフメンテナンス後の変化

私がランナーたちと情報交換するようになって、最もハッとさせられたのは、多くの人が自分自身でメンテナンスをしていたということでした。
元々私は靴の種類やトレーニングの質・量を調整するぐらいで、自分でメンテナンスをするという発想がなかったのです。

そんなとき伊藤超短波さんと出会う機会があり、紹介していただいたのがRUCOE RUNでした。

結果につながる3つのモード

RUCOE RUNには「WAKE」「ACT」「COOL」の3つのモードが搭載されているのですが、なかでも私のお気に入りはCOOLです。使用する箇所は、だいたい決まってふくらはぎや太もも、腰あたりです。

さまざまな応用が可能

ほかにも肩周りのリセットや特に違和感があるところには、ちょっと強めに出力を上げて使っています。日課である朝練後にRUCOE RUNを使うようになってからは、翌日、家から出たときの走りだしの軽さに変化を実感するようになりました。
もはやRUCOE RUNが「私の武器になっている」と強く確信しています。

■私のエピソード①
〜フルマラソンデビュー戦〜

陸上長距離を始めて3ヶ月の頃。当時マラソンがどれ程厳しいのか想像したことすらなかった私は、ろくに準備もしないまま、いきなりマラソン大会本番に臨みました。

すると案の定20km地点に差し掛かかったあたりで、スタミナ切れに。足の痛みとも戦いながら、止まっては歩いてを繰り返して…。後はもう「棄権だけはしないぞ」という意地だけで、なんとか完走したものの、タイムは5時間以上と苦いフルマラソンデビューでした。

いつでもどこでも、ずっと使える

RUCOE RUNは、コンパクトにも関わらずバッテリーの持ちが良く、2〜3日くらい使っても全然充電が切れません。実際に肌に装着する粘着パッドは、サイズが大きいため刺激が効率よく筋肉に伝わっていることが実感できます。

見た目はスタイリッシュで、軽くて携帯しやすい。さまざまなスポーツウェアに似合いそうなブルーカラーも、シンプルにカッコいいなと思いました。

雑味なくなめらかな電気

初めてRUCOE RUNのお話を伺ったとき、電気の力ということなので、てっきり昔自宅にあった電気治療器のようなピリピリするようなものかな?と想像していたのですが、実際に使ってみると全然そういう電気感がなかったのが印象的でした。

基本の使用時間はわずか10分

RUCOE RUNの良いところは、1回の使用時間が10分と決まっており、結果が出るよう時間設定がなされている点です。短時間ですし、明確な設定があるのは分かりやすくて良いですね。
とは言え、電気が気持ちいいときは追加で何度か使ってしまいますが(笑)

■私のエピソード②
〜マラソンを始めたきっかけ〜

私が陸上を始めたのは、大学2年生(20歳)の秋のこと。元々長距離が得意ということもあり、ご縁があって陸上部に入部しました。
その陸上部では毎年冬に、旅行を兼ねてマラソン大会に出場するという恒例行事がありまして、半ば強制的にエントリーされたことがマラソンを始めたきっかけでした。

自分の可能性×
RUCOE RUNの可能性

RUCOE RUNは、レース前や試合前、試合後と、さまざまなシーンで活用できるので、陸上以外のスポーツでも活躍しそうだなと考えています。

スポーツに限らずとも、日々の仕事のパフォーマンス発揮や腹筋などの筋肉に刺激を与えるという使い方もあるかもしれません。そういった意味でも、RUCOE RUNの可能性は、まだまだ無限にありそうです。

長距離にも最大出力が発揮できる状態へ

長距離は最初から出力最大である必要のない競技ですが、そこにRUCOE RUNを使って適切な刺激を入れることで、自分の最大限の実力を発揮する状態をつくり出せる。また普段なかなか意識することが難しい、体幹を目醒めさせることにも使えそうです。今後そういった新たな使い方にも期待しています。

可能性を感じさせてくれる

私が2時間30分を切ってトップレベルの大会に参加できるようになったのは30歳前後でしたが、40歳を過ぎたあたりから年齢を重ねるに連れてタイムが落ち、自己ベスト更新はもう無理かなと思うようになっていました。
そんなときRUCOE RUNと出会い、「まだまだ上を目指したい、目指せるのではないか」という、自分の気持ち、可能性を改めて感じさせてくれました。

今後RUCOE RUNと共に、高いレベルでライバルたちと争って、いつかフルマラソン年齢別ランキングで1位に返り咲く。それが、現在の私の目標です。

私のエピソード③
〜アスリート魂を目醒めさせた言葉〜

3時間切り(サブスリー)を達成したのは、大学5年生のときです。この記録に満足してしまった私は、「これからは細々とでも、継続して大会に出られればいいかな」と向上心を失っていました。
ところが医師になって数年後、家族が応援に来てくれたあるレースのこと。私は、かなり後ろの方でゴールしてしまいます。そんな父の姿を見ていた当時3歳のわが子から「お父さん、遅かったね」と言われてしまったのです。父親としても、ランナーとしてもショックな一言でした。

それからは「折角応援に来てくれているのだから、もう悲しませないようにしないと」と決意したのでした。
子どもの影響って本当に大きいですね。

清本 芳史 YOSHIFUMI KIYOMOTO

1978年生まれ。医師(産業医)
100kmウルトラマラソン日本代表(2008年イタリア、2015年香港)、板橋Cityマラソン優勝(2014年、2015年)、フルマラソンベストタイム2時間24分40秒(2017年・福岡国際マラソン)など、さまざまな長距離レースで優秀な成績を収めながらも、将棋の腕前も確かで、日本将棋連盟将棋指導員という顔も持つ。